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宇都宮地方裁判所 平成12年(わ)19号 判決 2000年7月18日

主文

被告人Aを無期懲役に、被告人Bを懲役五年以上一〇年以下に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各一一〇日を、それぞれの刑に算入する。

理由

(犯行に至る経緯)

被告人A及び被告人Bは、少年であるところ、中学の同級生である分離前の相被告人Cと共に、平成一一年九月二九日から、被告人Aの勤務先の同僚であるD(当時一九歳)を連れ回し、サラ金から借金させたり、同僚、友人、親に嘘を言わせて、借金をさせたり振込送金をさせたりして、多額の現金を巻き上げ、遊興に使っていたほか、同年一〇月初めからは、熱湯のシャワー(熱湯コマーシャルなどと称していた。)を、最後のころには沸騰した湯をかけるなどしDが泣き叫びながら逃げ惑う姿を見て面白がったりしていた。

被告人らは、同年一〇月中旬ころ、Dにかかってきた電話を聞いて、Dの親が警察に捜索願を出したことを知った。被告人Aは、同月末ころ、会社に呼び出され、Dが会社の同僚から金を借りたとき一緒にいたことなどを尋ねられ、「全く知らない、警察にいってもよい。」としらを切り通したが、まずいことになったと思った。被告人らは、Dと被告人Bが車で行動をともにしていること、東京の銀行でDの預金を引き出していることなどをDの親が把握していることを、同年一一月に知るようになった。同年一一月三〇日には、例の如くDの親に嘘を言って振込送金をさせようと、Dに電話をかけさせると、警察だと名乗った人物が電話に出たことから、Dの親が警察に行っていることがわかり驚き焦り、被告人AはCに人相を変えようと言われ、髪の毛を染めた。同年一二月一日夕方には、被告人Bがインテグラを運転中バイクと衝突する事故を起こしたため、警察にDの所在やDに対する被告人らの悪業が発覚するのは時間の問題であると危機感を募らせた。しかし、被告人Aも被告人BもDを殺害することは、現実問題として考えていなかった。被告人Aは、同日夜、Cから、Dを殺すようなことを持ち掛けられたが、殺人は嫌であったので、即答を避けた。翌二日午前、被告人らが、鬼怒川の河川敷にとめたCの自動車オデッセイの中にいると、警察からCの携帯電話に電話があり、被告人Bの居場所を尋ねられるなどした。Cは、被告人Bの事故で警察が動いていることを知り、逮捕の危険が切迫していることを感じ、被告人Bに対し、インテグラを処分することを了承させたあと、被告人A及び被告人Bに対し、「Dのこと殺すのか。」という言い方で、D殺害を持ち掛けた。被告人Aも被告人Bも答えを渋っていたが、Cは、「俺たちのしたことは、逮捕・監禁、強盗、傷害で、結構長く刑務所に入ることになるぞ。Dを殺して山に埋めちゃえば分らない。」「少なくとも五、六年は出て来れない。二〇代の一番楽しい時期を刑務所で過ごすのか。」などと説得した。そこで、被告人A及び被告人Bも、警察に捕まらないためにはDを殺すしかないと決心し、被告人ら三名は、芳賀の山林内で、ネクタイを使ってDを絞殺しその死体を穴の中に遺棄しセメントで固めて隠蔽しようと謀議した。被告人らは二台の車で、芳賀の山林に向かい、途中、スコップ二本を拾ったのち、銀行に立ち寄り、Dの口座から預金を下ろし、その金で作業着、軍手、スコップ一本、砂利、ベニヤ板、セメントなどを買い、本件犯行現場近くの駐車場にオデッセイをとめ、被告人Bや被告人Aが、後部座席にDを乗車させたインテグラを運転するなどして犯行現場に赴き、インテグラの右斜め前五、六メートルのところに、被告人ら三名でスコップを使って穴を掘った。穴を掘り終わるころ、Cは、当時被告人らと行動をともにしていた少年(高校生、当時一六歳)に手伝わせるなどしてセメントをこねた。

(罪となるべき事実)

被告人A及び被告人Bは、Cと共謀の上、Dを殺害してその死体を遺棄しようと企て、

第一  平成一一年一二月二日午後二時四〇分ころ、栃木県芳賀郡市貝町《番地省略》の山林内において、Cから「ちゃっちゃとやってこい。」と命じられた被告人Aが、火傷の水泡が潰れ皮膚がただれ、悪臭の漂うDを全裸にさせてうずくまらせ、目をつぶらせ、その頸部にネクタイを巻き付けた上、被告人Bと二人で両端を力一杯引っ張ってDの頸部を絞め付け、よって、そのころ、同所において、Dを頸部圧迫による窒息により死亡させて殺害し、

第二  前記日時の直後ころ、前記場所において、右Dの死体を穴の中に投げ込みセメントを流し込んで土中に埋没させ、もって、死体を遺棄し

たものである。

(証拠の標目)《省略》

(法令の適用)

一  被告人Aの判示第一の行為は刑法六〇条、一九九条に、判示第二の行為は同法六〇条、一九〇条にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるが、判示第一の罪につき無期懲役刑を選択したので、同法四六条二項により、他の罪の刑は科さないで、被告人Aを無期懲役に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一一〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人Aに負担させないこととする。

二  被告人Bの判示第一の行為は刑法六〇条、一九九条に、判示第二の行為は同法六〇条、一九〇条にそれぞれ該当するところ、判示第一の罪について所定刑中有期懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により、重い判示第一の罪の刑に同法四七条ただし書の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で、少年法五二条一項、二項により被告人Bを懲役五年以上一〇年以下に処し、刑法二一条を適用して未決勾留日数中一一〇日を右刑に算入することとし、訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項ただし書を適用して被告人Bに負担させないこととする。

(量刑の理由)

本件は、被告人A及び被告人BがCと共謀の上、被害者を約二か月にわたって連れ回していた間に、遊興費を得るため被害者から多額の現金を巻き上げたことや、被害者のほぼ全身に極めて重傷の熱傷を負わせるなど凄惨なリンチをしたことが発覚するのを恐れ、犯跡を隠蔽するため、人里離れた山林内で、被害者を殺害し、土中に埋めて遺棄した事案である。本件犯行は、計画的で凶悪な犯行であり、結果は誠に重大である。

犯行の動機は、被告人らの身勝手な保身のためである。被告人らは従順な被害者に対し、見るも無残な熱傷を負わせるなどしておきながら、警察に発覚すれば、「二〇代の一番楽しい時期を刑務所で過ごす」ことになるとCに持ち掛けられ、躊躇はしたものの、我が身可愛さから抹殺を決意し、実行に及んだのであり、犯行の動機は極めて自己中心的であって、酌量の余地はない。

被告人らは、本件犯行を共謀するや、被害者の預金を使って、犯行の準備をしており、その卑劣さは、たとえようがない。

犯行の態様は、被害者の目の前で被害者を埋める穴を掘り、セメントをこね、死体を遺棄する準備を整え、被害者に命じて全裸にした上、その首にネクタイを巻き付け、被告人両名が二人がかりで力一杯絞め付け、被害者が首に手をやって必死にもがくのもかまわず、首を絞め続け、うめき声を発したり咳込んだりすると、他人に聞きとがめられるのを恐れ口を押さえ、被害者が失禁し、口から血を吐き、うつぶせに倒れても(ただし、この途中、被告人Bはネクタイから手を離している。)絞め続け、ついに、被害者を窒息死させ、次いで、被告人らが被害者を穴の中に投げ入れ、セメントを流し込み、土を被せて踏み固めたものである。被害者は、インテグラの中で、穴が掘られるのを見ていたもので、そばにいた少年(当時一六歳)に、「生きたまま埋めるのかな、残酷だな。」とぽつりと漏らしたものの、逃げようとはせず、じっと一点を見詰めており、右少年によると確実に殺される覚悟をしていた。自らの墓穴が掘られるのを知りながら抵抗もせず、死を覚悟していた被害者の心境を思うと、痛ましい限りである。被告人らの本件犯行は、残酷、残虐非道である。被告人Bは、殺害実行時の被告人Aの形相を「鬼のような顔としか表現できないくらいに、怖くて真剣な表情」と形容している。被告人らの本件犯行には悪鬼の所業かと見まがうものがあり、戦慄を覚えずにはいられない。

被害者は、礼儀正しく温和で、他人のことを気遣う優しい性格であり、周囲から好かれる好青年であった。被害者は、たまたま被告人Aと職場が同じで、性格がおとなしく優しかったがために、Cに金づるを探すように求められていた被告人Aに目を付けられ、被告人らの格好の餌食となってしまった。被害者が、被告人らに従順につき従い、約二か月も連れ回されていたのは、被告人らを極度に恐れた結果逃げる気力を失う異常な心理状態に陥らせられていたからにほかならず、被害者に落ち度と目すべきものは何もない。被告人らは、本件犯行により、真面目に稼働していた何らの落ち度もない一九歳の少年の未来を、いわれなく無惨に断ち切ったもので、被害者の無念、苦痛の程度には計りしれないものがある。被害者が被告人らに連れ回されている間に生じた被害者名義の多額の借金を返済しながら、その安否を気遣い不安な日々を送っていた両親は、変わり果て正視に耐えない被害者の姿を確認しなければならないという最悪の事態に直面させられるに至り、大きな衝撃を受け、深い悲嘆と絶望のどん底に突き落とされた。将来を期待していた最愛の一人息子が殺されたあげく、死者の尊厳を踏みにじられコンクリートに隠され冷たい土の中に埋められていたことを知った両親の痛恨の情には筆舌に尽くしがたいものがあり、両親ら遺族は犯人の極刑を望んでいる。

本件犯行後、被告人らは、インテグラを湖に捨てたりするなどして罪跡を隠滅し、被害者が死ぬときの様子を実演再現した上、一五年の時効期間を逃げ切ろうなどと話し合ったり、被告人Aが所持していた被害者の携帯電話に被害者の親から電話がかかると、声色を使って被害者が生存しているかのような応答をしたり、「Dの親、自分の子供が土に埋まっていることを知ったら、ビビルだろうな。」などとふざけて話したり、駐車場で花火遊びをし「Dの追悼花火」と称したりした。犯行後の情状もよくない。

本件凶悪な犯行が少年らによって犯されたことの社会的影響も無視できない。

被告人Aは、殺害計画の当初こそ躊躇したものの、殺人を決意すると、好きな女と今度の正月に温泉旅行に行くなどと雑談し、殺害現場に向かう途中、犯行の道具を買うため、被害者の口座から預金を引き下ろすことを提案し、殺人の実行に当たっては、被告人Bから「もういいんじゃない。」と言われても、「おめえ、根性ねえな。」と言いながら、一人で力一杯首を絞め続けている。犯行を終えると、「お荷物」が「いなくなったという感じ」で、「これで東京とかに出て仕事」ができると、「Dを殺したことに満足」し、当日夜、ホテルでマスターベーションをしている。被告人Aは、無慈悲、残忍この上ない。

被告人Aの弁護人は、被告人Aは、Cと行動を共にしてきたが、Cとその背後にいる暴力団員からの報復を恐れ、Cの支配から離脱することができなかったと主張するが、採用できない。被告人Aは、暴走族をしていたとき、やくざと交際があり(第七回公判①第一項以下。①は、公判の被告人供述調書(一)を示す。以下同じ。)、A野会のやくざとは、Cと行動を共にしているうちに、何回も会い(第五回公判第一一二項)、B山組のやくざとは一〇月の終わりころから、居酒屋などでよく会っていたというのであるから(第五回公判第一五二項から第一七四項まで)、被告人A自身、やくざと無縁な者ではない。被告人Aによると、一一月(被告人B第七回公判第二八八項から第二九〇項まで)、CがDに命じてB山組のやくざに電話させ、そのやくざが怒るようなことを言わせ、それでやくざが怒り、被告人A、被告人B、Dが狙われることになり、被告人BとDが北海道に逃げたようであるが(被告人A第五回公判第一三二項以下、第七回公判①第二七二項以下。被告人B第七回公判第二八三項以下同旨)、被告人A、被告人B、Dらは、その後、東京に行き、一一月二八日ころからは宇都宮に戻っている。一度怒ったというやくざに対する恐怖心と言ってもその程度のものであると思われる。被告人Aは、一〇月二五日と一一月三日に会社の上司から事情を聞かれ(甲三一)、Dのことを知らないと述べているが、その理由は、知らないと言ったことを信じてくれた上司に対し、知らないというのは嘘だとは言えなかったというものであり、「Cから逃げたかったが、やくざが怖かったからDのことを言えなかった。」とは述べていない(第七回公判①第一二三項)。被告人Aが、Cの背後にいる暴力団が怖くてCから逃れられなかったとまでは認められない。

本件犯行はCの主導によって行われたものであるが、被告人Aの実行行為における残虐性、残忍性、人を殺して満足したという恐るべき悪性を見ると、その刑事責任は極めて重大であり、Cの刑事責任に準ずる程度のものがあると言わざるを得ず、被告人Aが少年であることを考慮しても、無期懲役刑は免れない(求刑 同じ)。

被告人Bは、殺害計画の当初こそ躊躇したものの、いったん殺害に同意した後の行動を見ると、被害者を埋める穴を掘るときには、Cから、「もういいんじゃないのか。」と言われても、「あと五〇センチ」と述べて、完全に埋める穴を掘ることを意図しており、この段階での共犯遂行への意思はむしろ積極的である。犯行後の情状にも芳しくない点がある。捜査段階では反省心が乏しく、ふざけた態度のときもあった(被告人B第七回公判第一四二項、第三九四項)。しかし、本件犯行はCの主導によって行われたものであることに加え、被告人Bは、殺害の途中で、恐怖感に捕らわれ、ネクタイから手を離しており、人間性の片鱗を示していること、犯行当日の夜は、Dを殺害したことで、ふざけていないと気が狂いそうであった旨述べていること(乙三一)、Dの両親にとっては手続、金額ともに容易に納得できないものの、被告人Bの両親が現段階においてできる限りの金員である二九〇万円及び遅延損害金を供託したことなどを考慮すると、被告人Bについては、有期懲役刑をもって処断すべきである。

ところで、被告人Bの弁護人は、被告人Bは、Cの暴力団員の威力を背景にした強迫に基づく長時間にわたる共同生活の中で、正常な精神状態を維持することが困難になったと主張し、被告人Aの弁護人同様、被告人Bも暴力団が怖くてCから逃れられなくなったことを主張するが、やはり、採用できない。被告人Bは、A野会のやくざは怖くなかったが、B山組のやくざは、Dに悪口を言わせて怒らせたので怖かったと供述するが(第七回公判第二七八項以下)、被告人Aについて述べたとおり、被告人らは一一月二八日ころから宇都宮に戻っているから、暴力団に対する恐怖感というのがあるとしてもその程度のものであると思われる。被告人Bは、「私達は、D君が連れてきた人達にお金を借りに行かせて簡単に大金を手に入れるのが楽しくて楽しくてしょうがありませんでした。サラ金に金を借りに行かせることを私達の間ではご融資と呼んでいました。……ご融資は、ゲーム感覚でやってました。……最初はCの指示でやっていた「ご融資」ですが、途中から私やAも簡単に大金が手に入るから楽しくって積極的にやりだして、ハマってしまったのです。」と供述し(乙三〇。公判では否認、第七回公判第九二項)、巻き上げた金の使い道について供述しているが、やくざに流れた金という説明はない。ここでは暴力団の威力をうかがうことができない。被告人Bは、一一月二九日ころ、当時行動を共にしていた少年に対し、「Cがお金をやくざに払わなければいけないというのは、あいつのことだから、本当では無いかも知れない。彼女の所にでも行っているのだろう。」と話している。被告人Bは、Cから逃げてもあとが怖いので警察にも言えなかった旨供述するが(第七回公判第二二一項から第二二三項まで)、Cと一緒にいるなら警察に捕まったほうがいいなと思って、交通違反の件で一一月一八日に警察に行ったとも供述する(第七回公判第九七項以下、第二二五項、第二三二項以下)。しかし、警察に出頭したときは、Dのことを話そうとしたが、途中で気が変わって話さなかった、気が変わった理由は分らない(第七回公判第二三五項以下)というのであり、暴力団の影に脅えたわけでもなさそうである。被告人BがCから暴力団員の威力を背景にした「強迫」を受けていたとまでは認められない。なお、被告人Bは、被告人AとDと共にDの家の前に行ったとき、一回、Dに帰るかって聞いたことがあるが、Dは帰らなかったと供述するが(第七回公判第九三項)、時期的に不明であり、Dを解放せず、本件犯行に至ったことは否定しがたい事実であって、本件犯行の犯情に大きく影響する事柄ではない。

被告人Bの弁護人は、次に、殺害の共謀の際、被告人Bは、Cから、殺害しないと逆に被告人Bを殺し屋を雇って殺させると発言したと主張し、被告人Bも同旨を供述するが(第七回公判第一〇〇項)、被告人Bは、捜査段階で、右発言について供述していないのみならず、「Aもやるんだったら俺もやろう、二〇代の一番楽しい時期を刑務所でなんか過ごしたくない、Dを殺して埋めるしか無いと」思ったと供述しており(乙一三)、そばにいたはずの被告人Aも、殺し屋を雇うという発言を聞いたとは供述していない。この点の主張も採用できない。

被告人Bについては、有期懲役刑を選択するが、被告人Bの責任は、無期懲役刑を科すのは相当ではないというに止まり、少年法で許される限りの重い刑、すなわち、懲役五年以上一〇年以下の不定期刑をもって臨むのが相当である(求刑 同じ)。

(裁判長裁判官 肥留間健一 裁判官 伊藤正髙 小林謙介)

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